その看護目標は正しいのか、あるいは・・・

訪問看護ステーション立ち上げの過程を綴りたいのですが、大学病院時代の印象に残る患者さんのことを思い出しました。ちょっと横道かもしれません。

予後宣告されたFさんの本当の希望

大学病院時代に入院されていたFさんとそのご家族、そして私たち医療従事者の話。

Fさんは80歳代、腹部の癌で予後半年から1年と宣告されていました。非常に穏やかで真面目な性格の方で、怒るとか興奮するとかいうことが全くない方でした。自宅療養をしていたのですが、少しずつ食欲が落ちてきていたそうです。Fさんは以前脳梗塞になった後遺症で、嚥下障害が少しありました。それでも体力のあるうちは普通に食事が摂れていたのですが、癌で体力が落ちてくると嚥下機能も弱まってきて、耳鼻科で治療を受けることにしたそうです。

嚥下機能改善の手術をして、よくなったら家で過ごす。短期間の入院の予定でしたが、なかなか思うように治療の効果が得られません。手術をして、数日おいて嚥下の評価をする。機能改善がないのでまた手術の予定を立てる、手術をする、評価をする・・・確か3回ほど手術をしたと思います。食事を摂れないし癌末期でもあり、徐々に体力が落ちていきます。

まだ入院を継続して治療をしていく必要があるのか・・・私は疑問というか違和感を覚えました。病棟カンファレンスをしても「Fさんののぞみは食べられるようになること」「それはFさんの最後の希望」と。医師とも話しますが医師も「だって、Fさんは希望しているよ」「希望している限り、何とかしてあげたいよね。手術の効果は期待できないけど」

Fさんも穏やかに「先生にお任せします」と言います。奥様と娘さんは毎日面会に来ていましたが「先生も皆さんも良くしてくださって」「本人が食べられるようになりたいというのでね、無理言ってすみません」と言います。

院内退院支援のチームのカンファレンスでも「本人の希望なら仕方ないよね」

看護目標は「Fさんの希望通り食事が摂取できるようになる」「食事が摂取できるようになって自宅で療養できる」という内容だったと思います。

癌で予後半年、食欲も落ちてきた。けれどせめて少しでも家で奥さんの食事を摂って穏やかに過ごしたい。飲みこみにくさが改善したら、残された時間を家で過ごせる。そんな望みで治療を受けるために入院したのに思うように効果が得られないまま時間だけが過ぎていき、Fさんの体力は目に見えて落ちていく。カンファレンスで話した内容も、医師の見解も、何もおかしくないのだけど、何か違うんじゃないか・・・。

ある日の奥様と娘さんの面会時にお話をしてみました。Fさんと同じように穏やかで気遣いのあるご家族です。Fさんの今日の様子や今後の手術の検討など話をしながら、奥様と娘さんの不安げなというか悲しげなというかを感じていました。そして、ふと思ったことを口にしてみます。

「もう手術しないで、家に帰るという選択をしてもいいんじゃないですか?」

奥さんと娘さんは、急に大粒の涙を流して泣き崩れます。その理由は「そうしてもいいんですか?」「本当は誰かにそう言って欲しかった!」と。患者のわがままを聞いて一生懸命治療をしてくださっている先生に申し訳ない、皆さんよくやってくれて、また手術頑張りましょうと言ってくれて、申し訳ない。でもどんどん痩せていって、もう長くないのに、どうなっちゃうんだろう・・・。そう思っていたそうです、でも口に出していうことはできなかったそうです。というか、そう思っていることに気づいてもいなかったのかもしれません。

担当医師にも奥様と娘さんの気持ちをお伝えしました。それはきっと、Fさん本人の気持ちでもあると思ったからです。医師も少しホッとしたようでした。手術を繰り返しても効果は得られない、でもFさんの希望がある限りは・・・」と思っていたそうです。

Fさんもご家族も、医師も看護師も、誰かが誰かの思いを大事にしようとしていたことは確かです。でもグルグル回っているだけで、Fさんの本心が見えなくなっていた感じでしょうか。

最後まで希望を持ち続けることが、とても大事だと言われます。でも希望って何でしょう。最後を迎える日まで一日でも長く元気でいることでしょうか。自分らしく暮らしていくことでしょうか。Fさんの希望は残された時間を家で過ごすことであって、嚥下機能を改善して食べられるようになることは手段でした。でもいつしかその手段が目標のようになっていたのだと思います。Fさんご家族の他人への気遣い、医師や看護師への感謝の気持ちなどが本当の希望に蓋をしてしまっていたのかもしれません。

私が私らしく生きていくとしたら・・・死ぬ瞬間まで食にこだわり、美味しいものを口にして逝くというのも魅力的かも。

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